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外反母趾

明治維新で外反母趾が増えた?

私としては、明治維新から外反母趾が増えたと考えています。

江戸時代と明治維新以降では、日本人の歩き方に違いが有ります。

明治維新以降、現代の歩き方は、左足を前に出す時は右手を前に出す、対角線に身体を使う歩き方ですよね。

ところが江戸時代までは、右手と右足を一緒に前に出す、左手と左足を一緒に前に出すという歩き方をしていました。

なんば歩き、なんば歩行と呼ばれる歩き方です。

 

 

 

 

 

武士は、素早く刀を抜けるし、下駄や草履には適している歩き方でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛脚もナンバ歩きで、体重移動で走っています。

明治維新以降、靴の文化が入り、更には他国から攻められた時に速く走れず不利だった為、今の歩き方、左右逆に身体を使う歩き方が教育されたそうです。

では何故、ナンバ歩きなら外反母趾にならないのか、についての話しに移ります。

図で示すとこんな感じの歩き方になる訳ですが、その時足腰にはどんな力が掛かるかがポイントです。

 

 

 

 

 

 

右手・右足を一緒に、左手・左足を一緒にだして歩いてみて下さい。

女性の場合は、荷物を小脇に抱えて歩く状態になります。

丁度、腕組みをして歩く感じです。

 

 

 

 

実際に腕組みをして上半身と下半身が一緒に動く歩き方で歩いてみると、足の足趾がパッと開く感覚が体感されると思います。

足趾が開く力、足のアーチを矯正する力、お尻を締める力が同時に生まれます。

そう考えると、明治維新以前は、外反母趾が少なかったのではないかと思いませんか?

外反母趾を矯正する運動療法としても、ナンバ歩きはお勧めです。

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